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もうひとつだけデン・ハーグのネタを。
アムステルダムや旅の最後に訪れた同じオランダのライデンでも同様の状況があったが、デン・ハーグの街中に「モンドリアン柄」が溢れている。 他のオランダの都市に比べて、デン・ハーグのモンドリアンへの思いは更に強いようである。 駅舎の中、百貨店や高層マンションなど大型ビルの壁はおろか、工事現場の塀にまでもこのモンドリアン柄が組み入れられているのには笑ってしまったほどである。 モンドリアンのことを細かく調べたことはなかったが、これまで何となく米国人だと思っていた。 ニューヨークの近代美術館等で彼の作品を多数見たことと、欧州の画家は良くも悪しくもこうしたタッチの抽象画は余り描かないと勝手に思い込んでおったのであるが、実はオランダ人であることをこの旅の後で知って合点が行った。 街中に拡がるポップなダッチデザインの象徴がこのモンドリアン柄なのであろうな。 1872年生まれのオランダ出身の画家。 カンディンスキー、マレーヴィチらと並び、本格的な抽象絵画を描いた最初期の画家とされる。 初期には風景や樹木などを描いていたが、キュービズムの影響を受けやがて完全な抽象画へ移行する。 1921年に水平・垂直の直線と三原色で構成した「コンポジション」なる作風を確立した。そう、垂直と水平の線が何本も描かれ、赤、青、黄で塗られた四角が散らばれば、「はいこれ、モンドリアンね」 というような柄である。 ガラス張りのモダンな意匠のデン・ハーグ中央駅。 オランダ鉄道の駅はどれも新しく現代的センスが光るがこの駅も素晴らしかった。 早速さり気なくモンドリアン柄がご挨拶してくれた。 ![]() ![]() 何だかコクヨ社、いやキング社か? 書類ファイル用の大型フォルダーのようだ。 ![]() モンドリアン家にはこの柄が取り入れられる度に著作権料がガバガバ入ってくるのであろうかと下衆の勘繰りしてしまう。 ![]() これだけ一人の画家の作品が街中を飾る例は見たことがない。 特定の都市というよりはオランダ中が普遍的にモンドリアン柄を推しているのであろうか。 政治主導でモンドリアン柄採用が決まったのであろうか、モンドリアンの画風自体をもっと学んでみたいものであるが、それ以上にこの国においてどういう経緯でこうまでモンドリアンが取り上げられるようになったのか大変興味がそそられるものだ。 オランダの旅を続けていると次第に我が頭の中にもモンドリアン柄が刻印されてしまいそうである。 #
by ptaro2009q
| 2017-06-26 10:41
| Netherlands
朽木ゆり子著「フェルメール全点踏破の旅」という新書本を読んで網羅癖を刺激され、嘗てよりフェルメール作品全点踏破への思いを募らせていた。
尤も海外ではワシントンDCのNational Galleryで「赤い帽子の女」(これは本人作ではないとの説もあり)、ニューヨークのメトロポリタン美術館で「水差しを持つ女」を見ていただけで先は長い。 フェルメール生誕の地・デルフトにほど近いこのデン・ハーグでフェルメール作品を鑑賞するのはこの旅前半の大きな楽しみのひとつであった。 フェルメールの現存する作品は諸説あるが、32~37点とか。 作品数が定まらないのは、贋作や本人のものかの確認が出来ない作品が少なからずあるから。 年に2、3点しか描かない寡作な画家であり、またナチスによる略奪や盗難の歴史もあり、作品そのものだけではなく何かとミステリアスな背景あるフェルメールは以前から興味尽きぬ対象であった。 さて憧れの「マウリッツハイス美術館」にいよいよ入館。 17世紀に建設されたルネッサンス風建物だが、地下から入る階のフロントのフロアは中世とは縁遠い現代的センス溢れる大空間、サプライズであった。 ![]() 比較的小部屋が多く、観覧は実に快適。 17世紀・オランダ黄金時代最高の絵画をゆっくりと堪能する。 余談とはなるが、窓から見えるビネンホフのお濠さえも、絵画作品のように美しかった。 いやこれまで訪れた内外の美術館のうちでも最も趣味の良い宝石箱のような美術館に思えた。 ![]() 17世紀のオランダは絵画ブームであったようで、一般家庭でも絵画の需要が強かったことから、画家が同じような風景画や肖像画を量産した時代であったようだ。使う色彩やタッチがどれも良く似ており見続けていると少々飽きが来る。 こんななか、ようやく出会えたフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が眼に入った時の感激は忘れられない。 フェルメールの代表作として日頃眼に触れる機会も多い作品であるが、振り返る少女のミステリアスな眼差し、半開き気味の赤い唇、窓の光を反映する真珠の耳飾り、光が微妙に各部を覆うフェルメール独特の描写に打たれる。 若干視線の焦点が定まらぬ少女は一体何を見ているのであろうか、想像を掻き立てる。 焦点定まらず、とは書いたものの、この少女の視線は実に印象的。 展示部屋全体を支配し、静謐をもたらしていたようだ。 何度もこの絵の前に往来、他の観客が去った後にはかぶりつきで振り返る微笑の少女を独り占めする僥倖を得た。 この作品、「オランダのモナリザ」とも呼ばれるのも合点がゆく。 ![]() 近くでこの絵を熱心に見ていた若い男性が親切にも「撮りましょう!」と撮影してくれ有難かった。 訊くとニューヨークから来たとのこと。 ニューヨークの銀行に長年勤務し現地にも何度か行っていることを話すと喜んでくれた。彼もまた最近東京に来て良い思い出を持ったことを教えてくれた。 世界は狭いね、ということで彼の親切に感謝して別れる。 1時間ほどの滞在、小ぶりな美術館ではあったが、その質の高さに大変満足して館を去る。 既に頭の中は次の旅程のことで一杯となっていた。 いよいよオランダを出て次の宿泊地ベルギーのアントワープへ向かう。 乗った電車の中でひとつ思い出したことがある。 訪れたマウリッツハイス美術館には、もう一点フェルメール作品が展示されている筈であることを。 「デルフトの眺望」、フェルメールの生地デルフトの水辺の風景を描いた美しい作品である。 解説書などには「真珠の耳飾りの少女」と同じ部屋に展示されていると書かれているが、不覚ながら実際その部屋では全く気付かなかった。 周りの客も注意を向けるような様子はなかったが、自分を含めて「真珠の耳飾りの少女」にばかり気を取られていたせいなのか。もうひとつのフェルメール作品を前にして誰も興奮した様子を見せないなんていうことがあるのであろうか。 それとも良くあることだが、偶々他の美術館なりに貸出しておりその日の展示室には展示されていなかったということもあるであろうか。 既に電車に乗りベルギー国境を越えたところであったが、どうも解せない。 千載一遇のチャンスを逃してしまったかもしれない悔しさに、引き返してもう一度マウリッツハイス美術館に行き確かめてみようかと悩んだほどであった。 #
by ptaro2009q
| 2017-06-19 10:21
| Netherlands
デン・ハーグ、実質オランダの首都機能を持った街。
到着の日はホテル探しで1時間ほど彷徨っただけであったが、街の印象は普通に現代的なコンクリート建物多い街、聊か無味乾燥の政治の街かと思っていた。東京でも国会議事堂や官庁がある霞が関あたりは流石に浮ついた繁華街はないので、そんなものなのかと思っていた。 しかし分からないものである。 翌日早朝の散歩で印象は一変、旅の感情は一気に高揚する。 快晴の朝、7時過ぎにホテルを出る。 昨日歩いた通りの更に一本奥の通りを歩くと随分洒落た繁華街が現われた。 昨日は余り見かけなかった歴史ある建物が散見され欧州の街並みの雰囲気がぐっと高まる。 人通りは殆どないが、オープンカフェやレストランが並んでおり夜の賑やかさが想像された。 道一本違うだけで随分表情も異なることがあるものだと驚く。 昨晩この界隈まで来ていればもっと楽しい夜を過ごせたのかもしれない。 ![]() ![]() 当美術館を探そうと考え早朝散歩に出て見つける積りなのであった。 ホテルのフロントのお兄さんの話では、「ホテルから真っ直ぐ進んで5分! 簡単だよ!」と言われ美術館は容易に見つけられるものかと思っていたのだが、既に歩き始めて10分以上経っておる。 いや、15分以上経ったかも。 あのお兄ちゃん、いい加減だな、いや自分の進む方向が間違っているのか、と不安が台頭するなか更に進むと大きなお濠と王宮風の歴史ある建物が突然姿を現す。 「ビネンホフ」と呼ばれる、オランダの国会議事堂である。 お濠に浮かぶ中世風の威厳ある建物、そして周辺の緑の豊かさに感動。 逆光で建物や池が暗めに見えるのだが、これが更に威厳ある空気を増幅させている。 白鳥が水面に浮かび、額縁があればまさに「これぞ西洋風景画!」という景色であった。 しばしベンチに腰を下ろし休憩、昨日買った白ワインの小瓶と日本から持参したサバ缶で美しい景色に酔う。 ![]() 午前10時の開館時間はまだまだ先であったので、一旦ホテルに戻って出直すこととした。 ![]() また、緑豊かな美しい公園があった。 公園の中を未来的なフォルムの路面電車(トラム)が頻繁に走る。 ![]() ![]() ![]() 未来的都市景観の中、市民の自転車の通勤通学風景が実に闊達かつ清々しいものであった。 自由で開放的な空気のデン・ハーグ市民を心より羨ましいと思った。 思えば、今回2週間の旅で訪れた都市の中で、実際に住みたいという観点からみると、このデン・ハーグが最も魅力的な街であったことは間違いない。 ![]() 海に近い土地でもあることから、欧州ではなく米国西海岸、さしずめサンフランシスコ近郊あたりに居るような空気を滞在中何度も感じたものである。 ![]() ![]() #
by ptaro2009q
| 2017-06-16 23:07
| Netherlands
ゴッホ美術館訪問後は一時間ほど歩いて、ホテルに戻る。
預けていた荷物をピックアップし、更に歩いてアムステルダム中央駅へ行き列車に乗る。 僅か20時間足らずのアムステルダム滞在であった。 2週間後に乗る帰国便もアムステルダムからなので、もう一度この街へ戻って来るか? 以降旅のシナリオは殆ど「足の向くまま気の向くまま」となる。 一応パリとバルセロナは5日間づつ滞在する予定だが、それまでの4日間は何も決めて来なかった。 朝起きてその日のお天気や体調・気分によって、何処まで行き何処で宿をとるかを決めることを日課とした。 パリへ行くことについては決めていたので南方向へ進むことは間違いないが、旅の2日目については幾つかの魅力的な候補地の中からデン・ハーグに泊まることにした。 アムステルダム中央駅から2階建ての列車に乗る。 デン・ハーグまでは15分毎に電車が出ているようだが、乗客の数もそう多くはなく、車内はかなり空いており気分は快適。東京圏では有り得ない状況である。 2等とは言え新幹線並み、いやそれ以上の大きなシートに身を置く。 TVで良く見た関口クンの欧州鉄道旅と同じシーンに我が身を置いている状況に感激した。 列車が走り出してからは、どこまでも人家・ビルが絶えない東京の景色とは異なり、すぐに緑の整った大平原と大きな空が車窓を彩る。実に美しい。 夢にまで見た景色であった。 この感激は筆舌に尽くし難い。 ![]() デン・ハーグは北海に面するオランダ第三の都市で、総理府や国会議事堂などの政府機関や各国大使館が集まっており、実質的な首都機能を持つ都市である。 ![]() ホテルの選択には1にお値段、2にロケーションの利便性、3に部屋の清潔さ、という基準で決めたが、ロケーションについては 駅からの距離や見つけやすい目印となる場所・建物の近くというのがポイントになる。 今回はチャイナタウンを目印にすればすぐ見つかると思っていたのだが、そのチャイナタウンを見つけるのに手間取った。 地図を見ながら進んだものの、実際の距離感方向感がなかなか上手く掴めず、ホテルを見つけるのに結局1時間以上の時間が掛かった。 前日にも書いたようにiPhoneのMap機能が使えないものと思い込んでおり、Mobile Wifiを携帯すべきであったかと反芻しながらのホテル探しであった。 直射日光強いなか、60リットルの大型リュックを背負っての放浪だけに、手掛かり掴めずに歩き続けるのは辛く、徐々にリュックの重さが増して来る。 見つかったホテル、昨晩のホテルに比べると部屋の広さは2倍以上でゆったりしているのは良かったが、窓が全くない部屋で、今晩もまた寝るだけの部屋かと悟る。 まあお値段(1万円割る)からしてやはり文句を言えたものではないか。 ![]() 夕食を求めて、日没前の頃、街を歩く。 チャイナタウンも思ったほど開いている店はなく、駅方向を往復したものの印象は聊か無味乾燥したものであった。 入りたいレストランも見つからず、アムステルダムでもお世話になった食品スーパーチェイン店を見つけ、生命維持に必要な食べ物を求めてホテルで食べることにした。 暗い時間に冒険することはやめ、到着後の時差ボケ・疲労も考え、早く寝て明日に備えることにしよう。 #
by ptaro2009q
| 2017-06-16 13:18
| Netherlands
オランダは美術館の数で世界一と言われる。
アムステルダムにも有数の美術館が固まっている地区があり、到着後の翌朝はこの美術館街を目指すことにした。 欧州で最初の美術館として建てられた「オランダ国立美術館」、20世紀コレクションを中心とした「アムステルダム市立近代美術館」、そして今回最大のお目当て「ファン・ゴッホ美術館」といった有数の美術館が隣接しあっている美術ファンにとっては垂涎の地区、「ミュージアム・スクエア」と呼ばれているそうだ。 ホテルを出発。 道迷いし、途中何度も道を尋ねながら、何とかその地区に辿り着く。 その一帯だけが、周辺の古く伝統的な商店街・住宅街の街並みとは異空間となる大きなスペースを抱き、既にオーラを放っている。 最初に強烈なインパクトを与えた大きな建物がこれ。 「アムステルダム市立近代美術館」 ![]() ダッチデザインと呼ばれるポップで色彩豊かな建物を数多く見るのがこの旅の目的のひとつであったが、天井部の大胆なカットとスケールの大きさに度肝を抜かれた。 兎にも角にも心はゴッホに向いていたので、まずはゴッホ美術館を探すことに。 壮大なスクエアの中に諸々の建物があり表示があってもどっちへ進んで良いのかも判らず、ゴッホ美術館に辿り着くのには聊か苦労した。 さてゴッホ美術館、オーディオガイド付きの入場券を求め、いよいよ入館。 建物はガラス張りの近代的ビル、中間部が空洞となっており、周辺がギャラリーとなっている。 ギャラリーを観ながらその階を一周して次の階へ上がる、という様式となっており、これはニューヨークの近代美術館MOMAと同じスタイルである。 ![]() 作品の鑑賞ポイント、作品が描かれた背景やゴッホの思いが音声や画面で丁寧に説明されており大変役立った。 ゴッホ初期の農民の生活を描いた暗めの作品を最初に観たが、貧しい農民に対するゴッホの強い共感と情念に心揺さぶられた。 就中「馬鈴薯を食べる人々」が良い。 ゴッホ作品は世界中に散らばっているが、やはりご本家の美術館だけあり所蔵作品の多さに驚嘆、代表作「ひまわり」や「ファン・ゴッホの寝室」等アルル時代の作品まで、ゴッホの歴史や画風の変遷などが非常に分かり易く見てとれた。 館内の作品撮影は禁止ゆえ、館内外の様子のみ以下写真掲載する。 撮影禁止にも拘らず相当数の客がiPhoneで撮影しており、スタッフが注意してもさっぱり効果はない。 もっとはっきりと撮影禁止の札を各所に掲示するなり対策はありそうなものだが、お国柄なのか何だかユルイなあ~。 ![]() ![]() 美術館廻りは体力が要る。2時間ほどであったが、結構の疲労感。 希望的にその日予定していた三美術館制覇は時間的にも精神的にも到底無理であることを悟る。 このミュージックスクエア周辺には美しい緑のスペースが拡がり、これも素晴らしい。 照明を落としたゴッホ美術館とは対照的な眩しい光と緑が実に嬉しい。 近くのスーパーでハイネケンとサンドウィッチを買い求め、芝生の斜面から緑を楽しむ市民の姿を見ながらのランチとなった。 ![]() ![]() ![]() まだまだ見どころは多数ある筈で、一日足らずで去るには名残惜しい。 #
by ptaro2009q
| 2017-06-15 11:54
| Netherlands
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