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朝起き、朝刊を開いてビックリ、飛び上がった。
死亡欄のトップに<天野滋さん52歳ー「NSP」リーダー>、とある。 眼を疑った。しかし、どうも本当のことのようだ。亡くなったのは1日、脳内出血で死去、とある。 なんと52歳の若さだ。我輩ともそんなに大きくは違わない。何とも早すぎる。 1972年、岩手で「ニューサディスティックピンク(NSP)」を結成,ヤマハのポプコン東北大会で優勝しデビューした。このポプコーンは、かのニッポン放送の人気番組で夜0時から大石悟朗のDJでフォーク、ポップスなどの新人の登竜門的な番組であった。古くは、赤い鳥から、小坂明子、小坂恭子、八神純子、世良正則、あみん、と数限りない人気歌手を輩出した。キッチュなところでは、門あさ美、伊藤敏弘なんていうのも好きだった。その中でも、NSPは何とも独自の繊細美とでもいうか、独特の味を見せる、「ポプコンの顔」であったように思われる。 デビュー作の「さようなら」も名作であったが、やはりNSPと言えば「夕暮れ時はさびしそう」であること、間違いない。自分自身もこのNSPとはほぼ同時代に生きていたが、天野の「自意識」をもてあますような独特の詩と、泣くような細い声は、当時の多感な、大人になりきれぬ自分のセンチメントに直接響くものがあった。 [夕暮れ時に 呼び出したりして ごめんごめん]と言うフレーズは、何とも情景がビビッドに目に浮かび、リフレインが耳にこびりつくユニークな叙情曲であった。 先般の高田渡の死に続き、おじさんにとっての身近なアイドルの訃報に、受けるショックも大きいなあ。自分が、もう急死しても驚かれない歳に近づいている、という不気味さもある。 永遠の青年、天野君を偲び、NSPのアルバムでも買いに行こう...。
by ptaro2009q
| 2005-07-05 23:16
| Music
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